最近、営業前線に関わる事が多くなりました。
7年間後方支援ばかりでしたので不安でしかたがない毎日。
その不安を解消しようと映像データベースの中から「プロジェクトX」ばかり見ています。
先人の決断のポイントや何気ない歩みが後人の私にとっては何よりの教科書だからです。
見直して
“なるほど、よし、そうか!”
と思った話を紹介します。
皆さんは、アメリカ人に「バグジュース(昆虫の絞り汁)」とまで言われ蔑まされた
日本の商品を知っていますか?それは何と醤油なんです。
戦後間もなく、日本の醤油メーカーは存亡の危機にありました。
原料の大豆がGHQに規制された上にその大半を牛などの飼料にまわせという
GHQの御達し・・・。「日本の伝統の調味料が!」
と訴えても聞く耳を持ってくれません。さらにGHQは、日本人の洋食化を奨励します。
日本の食卓にはアメリカより入ってきたケチャップやソースが幅を利かせ、醤油はなし・・・。
倒産する醸造元が相次ぎました。
そんな状況下にとんでもない決断をした男がいました。
野田醤油(現キッコーマン)常務の茂木啓三郎さんです。
「世界最大の市場、アメリカに逆襲をかける。」
そして、一人の営業マンがその仕事を任されサンフランシスコに送り込まれます。
丁稚奉公から叩き上げた営業の秋谷満寿さん(54歳)です。
小学校卒で英語が全くできない秋谷さんを支えるのは、一緒について来てくれた
妻の春さんと、地元日系2世のセールスマン達・・・。
戦争中、遠い祖国の味・醤油に強い愛着を抱いていた。秋谷さん達は誓いました。
「日系人だけでは需要は限られる。アメリカ人全体がターゲットだ。」
しかし、その営業は困難を極めます。アメリカ人達は、醤油に鼻をつまみ口々に言いました。
「これはバグジュース(昆虫の絞り汁)か!」当然、ぜんぜん相手にされません。
そんな中、秋谷さんのとった戦略とはどの様なものだったのでしょう。
私は彼の次の言葉が、大好きでかつ、これが売上の極意だと思います。
「お客に買ってくれと言うな。買いたいと思ってもらうんだ」
秋谷さん達はスーパーに、醤油を置く棚を有料で借り切りました。
店頭で肉を焼き、醤油を垂らし、お客様に勧めました。
物珍しさに買って行くお客もいましたが、それもその場限り。品物の回転は非常に悪い・・・。
「リピーターを確保するには、レシピが必要だ。」
醤油を使った調理法を必死で考え、そして、アメリカ人の口に合う醤油ベースの
「テリヤキソース(テリヤキチキン)」を開発したのです。
バーベキューをやっている家があればどこでも飛び込んで行きつくりました。
伝えました!口コミも手伝い西海岸から始まった販売網は、全米へ広がって行きました。
そして醤油は、今ではアメリカの3分の2の家庭で使われており、100カ国以上で販売、
外国工場での生産は年14万キロリットル。
自動車や工業製品と並び、日本発の世界商品となちました。
もし、秋谷さんの先程の言葉がなかったらこのプロジェクトは水泡にきしていたことでしょう。
この考えは、サービス業全てに通じると私は考えています。外食産業・小売業。
何処でも同じですね。
「お客様に来てくれというな・・・来たいと思わせる店つくりです。」
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